「僕は、堕ちる所まで堕ちましたから」
伯爵達が去って、どれくらいたっただろうか。それはつい先ほどのような、けれども大分昔のことだったようにも感じる。 消えた江戸の町を眺めながら、ああ、この時間はあとどれくらい続くのかと考えてすぐに無駄だと思い、やめる。くるときはくるものなのだから。 すると、ザッと足音がして後ろを振り向くと、そこには再会したばかりのアレンが居た。姿が大分変わっている。イノセンスについて話を聞きたいとも思ったが、今でなくてもいいだろうと考えた。 そこでふいに、ラビはアレンに尋ねたくなった。彼の姿のことでも、イノセンスのことでもない。 傷つけられながら、いくらボロボロにされても立ち上がる、その強さはどこからくるのかと。
…彼が、どれだけ重いものを背負っているのか、自分ではそれなりにわかっているつもりだ。その苦しみをわかっているわけではない。どんなものを背負っているのか、だ。 最愛の人から呪いをかけられ、一度死ぬような体験をし、人もアクマも守りたい?自分がアレンともう少し遅く出会ってたら、絶対軽蔑か、なるべくかかわらないようにでもしていたかもしれない。 まあ、今は長く一緒に居たせいか、そんなことは全くない。むしろ軽く尊敬している自分に気づいて、変なものだと苦笑する。 そんなにたくさんのものを背負い込んでも倒れない、その底知れぬ精神が。だからこそ、不思議だった。自分より年下のこの少年が。

「ラビ、どうかしましたか?さっきからずっとボーッとしてますよ?」
「…別に、なんでもないさ」
「そういう顔はしてませんけど」

その後ラビが全く反応をよこさなくなったので諦めたのか、アレンは納得いかないながらも、また口をつぐむ。そして隣座りますよ、と言ってラビの隣に座り込んできた。 その様子を横目で見てれば、隣にあるその顔はどことなく幼さが残っている、少年のまま。だけど確かに、この間までとは確実に何かが変わっていた。 そういえば、こうやって話すのは久々だった。生きてて良かった、とか、いつもならその場で言ってただろうが、登場がいきなりすぎて、今更口にする気もしなかった。 死んだと思ったら生きてて、生きてたと思ったら戦えなくなってた、なんて思ってたら、一回りたくましくなって戻ってきやがった。そういえば、始めに出会った時よりも瀬も随分大きくなった気がした。 …体全体が成長していたし、少し、大人びた表情をたびたび見せるようになっていた。ガキだと思っていたら、いつの間にかに、そうは思えないくらい。 それを自分と比べると、ああ、これでは全く成長してないみたいじゃないか。…否、自分は全く成長していないのかもしれない。始めの頃と、何も変わってないような、そんな気がした。 一つため息を吐いて視線をアレンに向けると、彼もまたこちらを見ていた。見ていたというか、睨みつけられるような感じではあったが。 どうやら、言いたいことがあるならハッキリ言え、と言ってるらしい。ならばとラビは、先ほどの頭の中で考えていたことを言葉にした。自分の中に生まれた純粋な疑問だった。 すると、その質問があまりにも予想外であったのか、アレンは驚きの表情を見せる。どうやら、そう思われていること自体想像していなかったらしい。

「僕が強い…ですか?それは戦う意味で?それとも精神的なほうですか?」
「正直言ってどっちもあるけど…疑問なのは精神面さ」
「……自覚がないからなぁ…。そんな風に思われてたなんて、知りませんでしたよ。難しいですね」

驚きはしたようだったが、それは最初だけで、すぐに淡々と答えだしていた。ほら、やっぱりだ。いつからそんなに余裕ができるようになったんだろう? 自分の中の何かが、色褪せていく気がした。自分の中の、今まで居たアレンという存在が崩されて、変わっていくのを感じた。 リナリーだったら、そんな事は気にしないだろう。「アレン君はアレン君だよ」と、言って笑ったりするのだろう。だが、自分はそんな風には出来ないと、思った。 アレンは座っていた状態からゆっくりと立ち上がり、考えるようなフリをする。その表情に薄く笑みが浮かんでいるのをラビは見逃さなかった。 どうやらもう、答えは出ているらしい。ああ、じれったい。昔のお前はそんな意地が悪くなかっただろう? アレンはゆっくりと、ゆっくりと口を開いて、微笑した。

「そうですね――しいて言うならば、僕は、堕ちる所まで堕ちましたから」

だから、それ以上失うものはないんです。あとは這い上がるだけでしょう?そう言って、酷く綺麗な笑みを浮かべた。 ドクン、と背筋が凍った。嫌悪感に似た感情がおしよせてくる。それと同時に感じる、胸を裂くような恐怖――。 ああ、わかった。自分は彼の強さが気になったのではない。




知 ら な い 彼 が 怖 か っ た だ け だ 。





「僕は、堕ちる所まで堕ちましたから」





(20070709→20080403改)
だけど、箱舟編途中からやっぱりアレンはアレンだと、
思えるようになるラビだったりするのかもしれない。
…箱舟に入る直前の話です。ちょっと意味わかんない感じですが