音が聞こえた――世界が壊れる音 「 」 夢の中で、私の目が、耳が、身体全体が感じとる。 五感を支配されてしまったような、自分にはどうにもならない感覚。 モノクロな世界で一人きり、廃墟の中に私だけがいて、寂しくて怖くてただ一人泣き叫ぶ。 声にならない声が、音のない世界に響く。何も聞こえなかった。 否、違う。他の音にかき消されてしまうのだ。 無音という、世界がゆっくりと滅びゆく音。端のほうから崩れ去って、 少しずつ侵攻し、気づけばすぐ足元までせまり来る。 いつから?いつからだった?いつから私はこんな暗い世界に立っていたの? どうしようもないくらいに怖い。だって、まるで此処は――
目を閉じたそこに広がる世界
夢とは現実には関連のないものだ。眠る最中に仮想的な体験をおこさせる世界らしい。 内容は大抵見たものの希望や願望、印象深かったもの。 だが、時にそれはこれから起きる危機の予告とも言われる。 実際どうなのかは知らない。今こうして知っている情報だって、人から聞いたに過ぎない確かとはいえないものだ。 それでも、これから起こる危機の予告… それは本当なのではないかという思いがあった。 そんなの嘘だったらいい。でも、もし、それが本当だったなら。 今自分が見ているのは随分と現実味のある夢だった。ただの夢だと、片付けてしまえばいい。 そう、できたらいいのに。思うのはすでに願望だった。 自分の中で、ただの夢ではないと思っているほうが強いのだ。最初から感じていたのかもしれない。 背筋が張り詰めているのを感じてリナリーは嫌になった。 頭ではわかってるというのにどうしても恐怖がつのる。 目を閉じて眠ってしまうことが怖くて、 身体をベットから起き上がらせれば不思議なほどに目はさえていて、 眠気などとうに無くなっていたのだとわかる。 薄暗い部屋の中を見れば、空気が、ひんやりと冷たい。窓を閉め切っていても、冬は随分と冷えた。 布団の中は温かいが、外へ出ている部分は十分に冷気を感じていて、もう少し厚着をすればよかったと後悔する。 部屋の中は暗いが妙にはっきりと見え、 静まりかえっていた。 部屋は見慣れた場所のはずなのに落ち着かなくて、さきほどまで見ていた夢と酷似する。 急に、先ほどまでの恐怖が蘇った。孤独、廃墟、モノクロな世界…喉から悲鳴が漏れそうになって、 耐え切れなくなりリナリーははだしのまま部屋から飛び出した。 あの空間にいたくなかった。だが今は深夜だ。外に出ても最低限の電球しかついておらず、 ひっそりと静まり返っていることに変わりはなくて、いやだ、と思った。 もっと光りがある場所が、音がある場所に行きたかった。自然と、談話室に向け足を進める。 誰かがいるとは思わなかったけれど、そこなら優しい炎と、 無音ではない世界があの世界から少しでも遠ざけくれる気がしたからだ。 淡い期待をこめて目的地につけば、 そこは予想通り温かい光りと…同じように温かい色をした髪をもつ仲間の姿だった。 驚いて立っていると、彼もまた、リナリーの顔を確認すると驚いた顔をした。 「こんな時間に何してるの?」 「それはこっちのセリフさ…俺はただ本読みふけってたらこんな時間になっただけ。 リナリーは…どうかしたのか?」 ラビは手に持っていた分厚い本を閉じてソファにおいた。 ずっと読んでいたのだろう、読み終わるまであと少しといったところか、 題名の文字はリナリーが知っている英語でも、中国語でもなくてもっと違う外国のものらしい。 年季が入った古い本。きっとブックマンに関することだろう。 もしかして邪魔してしまったのではないかとリナリーは少し焦ったが、 ラビは立ち上がっていつもどおりに、 少し不思議そうな顔をしながらリナリーに近づいて、再びどうした?と声をかけた。 その温かさと聞こえた音に安堵したのか、無意識に涙が頬を伝っていた。 そこでようやく自分がどれほど追い詰められてたのか、実感する。 動揺しているラビに、ごめんと告げて涙をぬぐうが、一度流れ始めればなかなか止まることはなかった。 すすり声を必死に抑えようとしていたところ、顔を隠す手を優しくつかまれて、 そこじゃ寒いだろとソファの場所までそっと連れて行かれる。 ソファに座ると、すっかり冷え切った足を温かい空気が包み、体全体が温まる。 するとようやく落ち着いてきたのか、涙は少しずつおさまっていった。 泣いている間、ラビは何かを問うわけでもなく、黙って隣に座っていた。 しばらくしてほとぼりが冷めると、大丈夫か?と声をかけられる。 「ご、ごめん…突然泣き出したりして。びっくりしたでしょ」 「まぁ…それは別にかまわないさ。でも、こんな時間に此処へくるって…何かあったんさ?」 優しく聞いてくるラビにリナリーは話してしまうべきなのだろうかと迷ったが、 ここで打ち明けてしまえば楽になる気がして、夢のことについて話した。 ここのところ毎日見る、あの夢。世界に一人きりのような感覚。 妙に現実味のある世界の話を。 ラビは意味がわからないところもあったようだが、、リナリーが真剣なことは伝わってきて、 リナリーにとってどれほど深刻な問題なのかを理解する。 よっぽどの、恐怖なのだろう。自分ではどうすることも出来ないくて。 リナリーは膝を抱えるようにして座りながら、ゆっくりと自分が見た、感じたことを話した。 「変でしょ。でも、怖いんだ。まるで未来のその場にいるみたいで。 毎日、同じ場面が繰り返しやってきて、耐え切れなくなって悲鳴をあげる。そこで目が覚めるの。 夢だってわかってても、そう思ってても怖くて。 現実までもがそう感じちゃって…暗いところは似ていたから、」 「ここにきたんさ?…俺が居てラッキー?」 「うん。ラビに話したら、ちょっと安心した」 「話聞くくらいしかできないけどな。でも、不安だよな。 この夢は未来の予告じゃないかって、怖くなったりする。 でも、今気に病んでも駄目さ? …実は俺も昨日アレンのケーキを食ってボコボコにされたような夢を見たような気がするんさ」 「気がするって…それは違うと思うけどね」 リナリーはラビの冗談にクスクスと笑う。なんだか随分と緊張が緩み、心が軽くなっていた。 ラビにありがとう、と言うと、そんな反応が返ってくるとは予想外だったのか、 少し驚いた表情をしたが、少しでも元気を出せてもらえたようだと納得していた。 そこでああ、と思いついたように手を伸ばし、 ラビはソファの隅に無造作におかれていた自分の上着をリナリーにかけた。 気が利かなくてごめん、なんて、薄着のリナリーを心配してのことだろう。 ありがとう、とリナリーが笑うと、寝るのが怖いなら少し此処で話をしよう、と提案される。 リナリーは膝をかかえるようにしていた体勢から足を下ろし、 肩にかけられた上着に感じるほのかなぬくもりを感じ取る。 先ほどまで冷たかった足は、随分とぬくもりを取り戻していた。足だけではない、身体もだ。 温かくてとても気持ちが落ち着く。不安だった気持ちがゆっくりと消えていくようだった。 視線をラビに向ければ目が合った。 「さっきの話、ね。ラビでするの二人目なんだよ。一人目はアレン君」 「アレンかよ。…あいつ今頃部屋でお菓子片手に寝てるぜ?」 「さすがにそこまでじゃないよ」 でもちょっとありえそうだと笑うと、ラビは少し拗ねたような口調で、どうせなら一人目が良かった、と言う。 そんなラビを見るとほんのりと、心の中がまた温かくなっていくようだった。不思議だなと思う。 今までもあることではあった。心が落ち着いて元気にさせられるようなそんなものが、 感じられるのは前からあった、のに。 いつから、それがこんなに温かくて心地いいことに気づいただろうか。 思い出し笑い、というのだろうか。 それに近い笑みを浮かべながらリナリーは隣に座る彼にポン、ともたれかかる。 その重さを感じるようにして、 ラビがその頭をぐりぐりと少し乱暴に撫でればリナリーは自然と頬が緩むのを感じた。 「…地図?」 「そうじゃなくて…目を閉じて、だってば」 リナリーはもたれかかっていた頭を上げるとラビは少し名残惜しそうにしていたが、 そんなことに気づいた様子もなく、リナリーはラビの両目を手で塞いだ。 リナリーのひんやりとした指先と温かい掌の温度両方を感じられた。 もう一度、何が見える?とリナリーが尋ねればリナリーの手、なんてそんな答えが返される。 そこでもういいよ、とリナリーはふてくされてしまい少しおとなげなかったとラビは目を閉じた。 頭の中で、さきほどのリナリーのセリフが聞こえる。 目を閉じて、世界を思い浮かべると…ゆっくりと目を開ければ、 リナリーがラビの顔を覗き込んでいた。 それは目を閉じて見えていたのと同じ光景。リナリーが再度何が見えた? と尋ねればラビは少しだけ頬を緩めて答える。 その答えに満足したのか彼女はとびっきりの笑顔を見せた。 「私も見えたよ、ラビの顔」 紗霧さん主催Butterfly's dreamさんへ提出した作品。 お疲れ様でした!! Bg*web*citron お題配布元*ふりそそぐことば |