その為にあるのならば 「今日って何の日か知ってます?」


応接室のソファに堂々と腰掛けながら、は楽しそうな声で話しかけてきた。 ソファに手をかけて顔だけひょっこりと出すと、 これもまた鬱陶しいと思うほどニコニコと楽しそうな顔で僕を見つめる。 そんな彼女の様子をいつもの革張りの席に座りながら
仕事をしていた僕は、さして興味も抱かなかった。馬鹿馬鹿しい。 知らないわけではなかったが、 これからおこるであろう出来事を考えればそうとしか思えない。 にしても自分から教えた記憶はないのだが、いったいどこで知ったのだろうか。 これから毎年同じことが繰り返されるのだろうか。 それは不要な馴れ合いを増やすということ、つまり群れること。 自分が何より嫌っている群れるという行為に値するのかと考えれば、 彼女の記憶からそれを一切抹消してやりたくなる。

全く反応のない僕に呆れてか、もう、と小さくため息が吐き出されたのが一度視線をそらす。 質問に答えるつもりがない僕は相変わらずに無表情で書類に目を通し続けていた。

「今日は、こどもの日といって誰かさんの誕生日なんですよ。それくらい知ってるでしょ」
「それくらい知ってるけど。だから何?」

「だから何って…だから、祝ったりしないんですか?というか、祝ってほしくありません?」
「悪いけどそんな気持ちは全くないね」


革張りのソファと肌がすれる音がして、視線をあげるとソファから立ち上がったがふくれたようにして僕を見る。 ――祝ってほしいなんて、僕がそう思っていると彼女は本当に思っているのだろうか。そんなに女々しくもないし欲もない。
ただ、ああ、そんな日だったかと思いつつも通りに過ごす。それだけでいいのではないだろうか。 理解できないな。ただ自分が生まれた日というだけなのに、それを年を重ねるごとに祝うということには前々から疑問がある。誕生した日ならまだ納得できるが、1年ごとに、その日が来るたびに祝うということを一生続けるというのはおかしいのではないだろうか。 そこまで考えようとも、思わないんだろうか。まぁ、結局は自分にとってはどうでもいい話だった。 思いながらも、すぐにそんなことを頭の隅に追いやって、視線をまた書類に戻し目を通し始める。 はそんな僕の行動が気に食わないのか、数歩戻って乱暴にソファの上に座り込んだ。全く、面倒だ。会話が途切れ、完全に機嫌を損ねたらしい。大人しくなって逆に作業効率があがると考え、少しスピードをあげようかと考える。冷えた紅茶を一口飲んでから、ようやく終りが見えてきた書類の山に、また目を通しサインする。会話の変わりに規則的なペンの音だけが静まり返った応接室に響いた。

そのまま時間がたち、飲んでいた紅茶がなくなりそうになった時には、書類も残り数枚となっていた。首を左右にひねった後時計を確認すれば、時刻は六時三十分。一般生徒の下校時間だ。これが終わったら今日はもう帰ろうと考えていると、突然ずっと静かだったが立ち上がった。突然の行為に少しそちらを見れば、どこか視線が宙を見ていて、周りを一瞥するとようやく理解したかのように声を出した。

「…寝てました」
「知ってるよ」


それも、1時間くらいは。一瞬その存在を忘れるところでもあった。言葉にはせずに心の中で思っていると、立ち上がったは伸びをしてよく寝たなーと少しまだ眠そうな目をこする。 もう機嫌は直ったのか。忘れているのか。どちらでもいいが起きたなら帰らないだろうか。最後の1枚の書類に自分の画数の多い文字を書き終えると、ボールペンをしまい固まった体をほぐすようにして首をゆっくりとまわす。


「さっきの続きなんですけど、誕生日って、一年に一回しかないイベントですよ、何かしてほしくないんですか?」
「まだ言うの。自分から群れるつもりはないよ」


は無言で近づいて、僕が座って作業していた机までくると、 机ごしからグイッと顔を近づけてきた。彼女の手の下で数枚の書類の形が変形し、床に落ちていく。あとで拾わせなくてはならない。それと紅茶のカップも洗ってもらうことにしよう。本日唯一のの仕事を考えて視線を向ければ、何とも言えない顔をして立っていた。


「雲雀さんは祝ってほしくなくてもですね、私は祝いたいんですよ」
「誕生日だから?」

「好きな人とのイベントだからです。ぶっちゃけて言いますと、誕生日とか関係ないんです。 さらにぶっちゃけ言うとただ雲雀さんと一緒に過ごしたいだけです」


本当にぶっちゃけた話だ。まさかそんなこととは思っていなかった僕は、なるほどと薄く笑う。つまり祝うことは単なるこじつけか。むしろそちらのほうが、下心丸見えでもちゃんとした理由で好ましい。それは、彼女にとっては無意味ではない、とっておきの口実、と言ったところか。


「誕生日にはプレゼントをくれるのかい?」


勿論ですよと笑みを見せた彼女はとても楽しそうだった。







その為にあるのならば







(20080511)→改(20080828)

雲雀さんハピバ夢です。
といっても誕生日もうほとんど一週間後なんですが(汗)
とりあえずおめでとうです^^