噂では聞いていたから多少のことくらいは知っていた。 だが逆を言えば、噂くらいでしか自分は知らなかったとも言えるのだ。そして今は少し呆気にとられながらも、その噂が真実だったということに純粋に驚ろいていた。 目の前にいる、血まみれで倒れている青年を見つめながら。 「嘘だ」 「嘘じゃないです」 「ありえない。そんなことあっちゃいけない。というか、俺が絶対に嫌だ」 「現実を見たほうがいいんじゃないですか。…傷口、せっかく手当てしたのに開いちゃいますよ?」 そう言ってやると、彼は勢いで起こした上半身を素直に戻し、再びベッドの上に寝た。 だが、視線だけはしっかりとこちらを見据えていて、説明をしろと訴えている。 言われなくてもそのつもりだったので綱吉はあえて何も言わなかった。 それより、彼の体調のほうが心配だ。心なしか顔は青白く、調子はよくなさそうだ。 それはそうだろう、腹部にもろに銃弾をくらったのだから元気なはずがない。 駆けつけたときにはすでに、血を流しすぎて意識さえなかった。 だが、不思議なことに傷は命には別状はなかったという。それだけでも十分奇跡とも言えた。 それでも傷口は深くなかなか酷いものだったのだが、彼はあまり痛がっている様子もなく、それよりも今の自分の状況について嘆いているようだ。片腕で顔を覆いながら、往生際悪く嘘だ…とまだ呟いている。 別状はないとはいえ、あのまま放置されていたら危なかっただろうところを救ったのだから、 少しくらい感謝されてもいいのではないかと思うのだが。 そんな様子に呆れながらも綱吉は仕方ないと自分を納得させた。 目覚めてすぐ、自分の顔を見て嘘だと叫ぶものだから、もちろんいい印象なはずはなかったが、 きっと彼にとっては衝撃的すぎたのだろう。 彼は、マフィアみたいなのには極力関わりのないようにしてきたらしい。 なのに目覚めたらいきなり、そのマフィアの本部に居て、ボスが目の前にいるのだ。 そこまで嫌がる理由はわからないが、絶望的だったのだろうということはわかる。 「怪我は命に別状はないそうですよ、意識が戻ったなら大丈夫でしょう。 でも専属の医者とかがいるなら連れて行きますけど」 「いや、やだ。別にいい。いないことはないが、誰があんなとこ行くか。 ……にしてもアンタ、ボンゴレ十代目、だよな?」 「はい、沢田綱吉です。初めまして、 さん」 「…まさか会うことになるとは。俺の人生では関わりを一切持たない予定だった」 ありえねーと漏らしながら、彼は絶望したようにとても暗い表情になった。そこまでされると逆にこっちが傷ついてくるのだが、それはもちろん口に出さずに、綱吉は出来るだけ笑顔でいることを心がけた。 これ以上警戒されては、傷の塞がりもしないうちにここを飛び出しかねない。 彼――は、少しばかり有名な情報屋だった。普通の情報屋ではない、フゥ太と同じように、特殊な能力を使うらしい。彼の持つ、情報の量はここらでは1番という。ボンゴレも一度は接触しておきたいとは思っていた。 だが彼自身が避けてきていたため、なかなか居所が掴めずなんとかできないかと思っていた。 綱吉が今日彼にあったのは偶然だ。会合を終えた後車で屋敷へ戻る最中、派手な銃声が聞こえたので駆けつけたのだ。駆けつけた先には、2人の人物がいた。1人は銃投げ捨て逃走しようとしていたところ(もちろん捕らえさせたが)。 そしてもう一人は、撃たれたのだろう。腹部から派手に血が出ていて倒れこんでいる、一人の青年だった。 始めは民間人が撃たれたのかと思ったが、その姿に覚えがあり、 もしかしてと隣に立っていたリボーンを見れば彼も頷いた。 彼が、なんだと。そこでそのままボンゴレの屋敷まで運び、手当てをして今の状況にある。目覚めた最初に口にしたのが、「嘘だ」だったが。綱吉の顔を見ただけで、一瞬にしてどんな状況かが理解できたらしい。素晴らしい状況把握の早さに拍手したいくらいだ。しばらく嘘だと呟きながらも、ようやく彼は落ち着いてきたのか、深いため息をはいてゆっくりと上体を起こし、ベッドの背もたれによりかかって綱吉を睨むように見た。 そんな様子に苦笑する。とことん警戒されているようだ。 「…それで、ボンゴレ、は。俺になんの用?」 「驚きましたよ。大怪我して倒れてるんだから。死んでしまうかと思った。 でも、元気そうで何よりです」 「俺の質問は無視?」 「あの男は突然現れた君を敵だと思って撃ったらしいですが、何故あんな場所に?」 「………」 口を開く気配を見せないらしい。だが、部下が調べている最中なのでいずれにしろそのうち情報が入ってくるだろう。その時にまた聞けばいい。 これ以上聞いても自分から話さないだろうと判断した綱吉は、話を変えようと を見て再び優しい微笑みを浮かべた。優しい、だがどこか作られた笑い。それをなんなんだとさらに警戒を増した だったが次の綱吉の言葉を聞いて愕然とした。 口をぽかんと開けて、どういう意味だと聞き返した。その驚きように綱吉は少し笑う。 「そのままの意味ですよ。さん貴方はボンゴレファミリーに入ってもらいます」 そこでは悟った。自分が居る場所はマフィアの屋敷だということに。そして自ら居場所を明かすのだから、このまま素直に帰してくれるわけがない。入るか、殺されるか。そんなの答えは決まっている。 「俺、今無性に泣きたい気分だ」 実際に目が潤みそうになるが、ここで本当に泣くわけにはいかないのでじっとこらえた。 目の前にいる男は、まるで天使のような微笑をしながら、俺の返事を待っている。 ――自分には拒否権なんかないことを知った。 立ち尽くすまでの時間 (20080403)→改(20080724) 続くかもしれないし続かないかもしれません。(無責任) 計画性のなさゆえにどうしようもない。 タイトルはエナメルさんからお借りしました。 |