山本武という男は、私にとって信用ならない男だ。
野球部のエース、爽やかな容姿に人当たりのいい性格。 頭は悪いが、それはそれで親しみやすい印象を与えるらしい。 こんな誰からも好かれる人気者の男だか、私から言わせてもらえば腹黒くてひねくれもののドSだ。 これがあの男の本性であるというのに爽やかなスポーツ少年というあいつが被っている 仮面は完璧で私が本性をばらしたところで誰も冗談としか思わないだろう。

「なー、俺の話聞いてる?」
「…聞いてるよ。今日の弁当の話でしょ?」
「ちげぇよ、本当単細胞な頭だな。あー…でも腹減った。あと1時間も待ってらんねぇ」

爽やかに笑いながらも毒舌を吐いてくる男にうんざりする。 こういうことを言われるのは慣れたが、もちろん不愉快極まりない。 でもそれを顔に出せばそれでこそ思うツボ。 どこか私を怒らせて楽しむ風があるので、そうしてはやるまいと精一杯の意地で笑顔で返す。 私にもいっそその仮面を被ってくれていればよかったものを、 こいつはなぜか私には最初から地を出していた。 おかげで嫌でも性格の悪さを感じられずにはいられない。

「本当、なんでこんな奴と隣の席なんだろう。いい加減離れたいわあ」
「声に全部出てんぞー」
「わざとだよ。2年なってからずっと隣の山本君は本当にいつまで私につきまうのかと」
「逆じゃね?お前が俺に付きまとってんじゃん。ま、別にいいけどな」
「いじめる対象がいて?」

そう言って私が笑顔のままたずねれば、山本は面白そうに喉を震わせた。 他の人から見れば、笑顔で会話をするなんとも仲のよい隣同士と見えるのかもしれないが、 実際はそれどころではなく私は余裕を装うために、山本はいつもどおりに笑っているのだ。

「卑屈になんなって。俺は大切な友達にそんなことしないぜ?」
「…私たち友達だったの。初めて知った」
「こんなに楽しく話せる相手なんてそうそういないもんなぁ?本当にお前が隣でよかったよ」

嫌味か。皮肉か。私は100%無理矢理微笑んであたしもだよとつぶやいた。 そんな姿が面白いのかまた山本は維持悪く笑う。本当に性格が悪い男だ。 私から反撃を浴びせようかと口を開きかけたとき、廊下のほうから山本を呼ぶ声がした。 その声はクラスメイトのダメツナ君のものだろう。じゃあな、と言って山本は私を残し、廊下へと出て行った。 山本はよく沢田や獄寺とつるんでいる。 私は沢田とは補習などで一緒になるのでそこそこ会話をするが、 獄寺のほうはからっきしだ。顔はいいのに沢田以外に対しての態度は最悪に近いもので、 他人を寄せ付けたがらない。そんな奴とからみたいとも思わない私はまともに会話したこともなかった。 そんなメンバーの中に加わっているのが山本である。 三人とも全くジャンルが違うが、沢田が中心らしい。 そしてその輪の中にいる山本は、とても楽しそうに笑っていた。 作り笑いでもなく、私に見せる意地悪さもなく、本当に心の底から笑っていた。 …ずるい、と思う。いい顔を作り、本当に楽しいときを過ごし、 本音を吐き出し、あいつは自分の都合のいいように毎日を生きている。 それを一度、本人に言ったことがある。そしたら笑顔でお前もそうすればいいだろう、と言われた。 無理だとわかってるくせに。あれを成し遂げられるのはあいつの才能と性格あってこそだ。 特に地味であたりさわりなく生きている私にとっては、皮肉としか思えなかった。 (笑顔でいうところが特に) なんでそんな自分に構うのだか。本性を知っているからと言って、 私はあいつのことが全く理解できなかった。







「……そこでどうして山本君は私の目の前に現れるのでしょう?部活へ行け野球部エース!」
「今日は休みなんだよ。っていうかお前も部活くらい入ればいいのにな、交流もとうとしないから友達少ないんだぜ?」

大きなお世話だ。なぜか隣に並んで下校するこいつは、本当にわけがわからない。 部活が休みなら沢田と一緒に帰ればいいというのに、 大して家が近いわけでもないのにどうして一緒に帰るのだろう。 おかげで周りからあらぬ目で見られて私としてはいい迷惑だ。 っていうか微妙に何かされそうで怖い。(いわゆる女子の嫉妬というもので) 確かに友達は多いほうではないかもしれないが安全な場所で広く浅く付き合っているだけで、 もともと人付き合いが得意ではない私としては頑張っているほうだろう。 …まぁ、何度か、認めたくないが何度か、この男が羨ましいと思ったこともある。 誰とも仲良くなれて、人望があって。まさしくなれるわけもない自分の理想だったのかもしれない。 中身はまったくもってごめんこうむりたいが、でも、やっぱり。
考え込んでいた私の顔を、ずいっとあいつが覗き込んでくる。 本当に人の話聞かないよな、 と言われ、さっきから話しかけられても右から左へ通り過ぎて無視しっぱなしだったことに気づく。 思わずごめん、と口走ると、普段学校見せる完璧な作り笑いで、いいよ、と答えた。

「私の前でその嘘臭い笑顔やめて。絶対怒ってるでしょ」
「いいよって言っただろ?…それにお前だって学校ではだいぶ嘘臭い笑い顔してるぜ。俺の前じゃ笑いもしないけど」
「知ってるよ、それくらい。あんたほど嘘笑いが得意じゃないの。正直だから」
「その性格で何が正直だか。似たもの同士だろ?俺たち」

一気に凍りつくような冷たい笑みを浮かべられて、私の背筋が思わず凍る。 そうだ、これがこいつの本性だ。この腹黒くてひねくれものでドSの笑みだ。皆は騙されている。 この山本という男に!口に出したらさらに怒りそうなので、 そこだけは弱気で何も言わないで歩いていると、 向こうのほうから何事もなかったようにそういえば、と声をかけられた。

「お前、数学の宿題やった?」
「まあ、一応」
「お、じゃあ明日朝の時間写させてくれ、頼むよ。 俺授業中寝てたから全然意味不明で終わりそうにないんだ」
「なんであたしがわざわざそんなこと…」
「似たもの同士。俺とお前の仲だろ?」

本日二回目の冷たい笑みを浮かべられ、私は思わず立ち止まる。 …明日、写させなかったら私はどうなってしまうのだろう。 意地と恐怖を秤にかけると恐怖が打ち勝ってしまい、わかったよ、と思わず返事をした。 すると、ありがとな、と山本は……笑った。

「お、じゃあ俺こっちだから、また明日な」
「…バイバイ」

あいつが私に背を向けて右へ曲がる。私はその姿が見えなくなるまで、 いつまでもその背中に視線を送り続けていた。似たもの同士。あいつは言った。 それはいつも嘘臭い笑みを貼り付けてる意味をとってだろうか。 だが、私は今とてもあいつと自分が似てるとは考えることができなかった。 何より、思いがけないことに顔が少し熱くなる。最後にあいつの、 作り物ではない本当の笑顔を見てしまったせいで。

「本当、性格悪い奴」


よくある孤独





(20081013)
黒い山本って楽しいですはい。
タイトルはエナメルさんからお借りしました。